久しぶりにご報告いたします。
コロナウイルスで私たちの生活が一変して早1年が経ちました。昨年の緊急事態宣言下ではしばらくカフェをお休みしましたが、その後は感染対策をしながら月に2回のカフェを継続し、たくさんの方が参加してくださっていることを感謝いたします。

昨年はコロナウイルスが蔓延する中で、大切な人達との別れを経験した試練の年でした。
感染に気を遣って治療中の方々とはいつものように会うことができず、入院中は家族であっても面会することが許可されない病院、厳しく時間と人数を制限される病院も多く、終末期の方においてすら家族でなければ最期のお別れをすることも許されない、そんな1年でした。
いつも手を取って共に祈っていたそのぬくもりを思い出し、コロナ禍での闘病は時に病気と同じくらい、いやそれ以上に孤独やさみしさとの戦いがあると感じました。孤独な入院生活を嫌い、あえて在宅看護、在宅ケアを選ばれる方も増えています。
今なおそのような状況下にあり辛い思いをされている方が多くおられることを思うと胸が痛みます。

教会の牧師夫人である博子先生も約1年の闘病を経て昨年9月24日に天国に召されました。教会にとっても私たち個人にとっても、母のような存在である先生を失った痛みは、予期していた以上に大きなものでした。まだ喪失感のただ中にあるといえばそうですし、少しずつ日常を取り戻しているといえばそうかもしれません。大切な人を失うことはこういうことかと、自分を振り返ることも少しずつ出来るようになっています。
悲しみの中で時が止まったように感じていても、季節は変わり冬を越えて春を迎えようとしていることに気付きます。
共に泣き、悲しみを共有することができる仲間が共にいてくれることは本当に大きな力であると実感しています。そして、先に召された方々と天国での再会が約束されていることが何より大きな希望であると感じています。